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小学生の時、家にあるこれに自分の名前を書いた。
多分一生手放せないであろう大事な孫の手。
昨夏、とある温泉の物産館で話し込んだ爺さんが
力が入らないと言って売っていた、あまり曲がっていない孫の手。
あれは買っておくべきだったと痛く後悔している。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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靖国神社に飽きてしまった息子と中庭で休憩していたら
ボランティアの方々が落ち葉拾いを始めた。
それなら自分も得意だと、拾っては渡しに行く息子。
ずいぶん遠くまで追いかけて行っている。
これだけ離れても平気になったんだなぁと感心する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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友人が京都で銅鍋職人になってからもう20年近く経つ。
彼が駆け出しの頃、卒業祝いと就職祝いでこの鍋を作って送ってくれた。
一打一槌鍛えた痕跡が、彼の人柄を雄弁に語っている気がする。
人間が手で行うとてつもない作業量は時に言葉をも凌駕する。
「続け続けること」を、寡黙な彼から学ばせてもらっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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友人の作品を手伝っている。
ご教授頂いた方の「凧が風を欲しがる」という言葉が脳裏に残る。
凧と手が糸で繋がっているからこその感覚だと思った。
釣りにおける「魚信」のように「風信」とでも言おうか。
うまく風を捕まえてくれることを祈る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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1997年9月、予備校生だった頃。
目の前のモチーフを夢中で描くだけの毎日。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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息子が恐竜に目覚め、みるみる知識が増えていく。
子守のある日、ダンボールで即興マスクを作ってみた。
目の前で作ってあげると、自分もやりたくなるようで
毎日ハサミやペンで描いたり作ったりしている。
好きなことに壁を作りたくないので、本人が飽きるまで父も楽しもうと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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山小屋にある灯油ストーブは平成14年に買い換えた物だ。
当時大学3年だった自分が大雪の中単身運んだ覚えがある。
「H14」と書きなぐった自分の文字を見ては当時の風景を思い出す。
今年の冬が終わったら、丁寧に分解清掃してやろう。
きっと何十年も使えるものだと思うから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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自分の思いを形にするのは難しい。
自分の中からだけでなく、友人に話をしたり意見をもらったり、
外からの刺激も得てようやく形になっていく気がする。
たまに会ってお互いの話をするのが楽しみな反面、
さりげなく言われた言葉がリフレインし続けている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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妻の祖父は今年で91歳になる。
鹿児島県民らしく、芋焼酎で晩酌をするのが日課だ。
おじいちゃんが酔って語る自分史を
僕はキャッチャーのように受け止めては山なりに返す。
いつまでもいつまでも元気でいて欲しい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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数年前から、立体系男子飲み会という会を開いている。
会則は、女人禁制と真面目なデザイン論の禁止。
そして「立体系男子」と彫られた一升マスで回し飲みすること。
年に一度はこうして気心知れた連中と馬鹿な話がしたいものだ。
面倒な決まりは作らず、勝手に長く続いて欲しいと願っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭
Photo:木奥恵三
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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物々交換プロジェクトは、「わらしべ長者のやつだ」とよく言われる。
そう言われる度に「いえ、違います。」と僕は答える。
なぜならば、自分の物になることは絶対に無いからだ。
このプロジェクトは人々とコミュニケーションを図るためにやっているので
「わらしべ長者」という言葉は絶対に使わないようにしている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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いよいよ茨城県北芸術祭がスタートした。
7月中旬から現地入りし、調査、打ち合わせ、物々交換の旅に展示設営。
約2か月の時間を現地でかけ、ようやくここまで来ることができた。
かけた時間の自負はあるが、自分にはただ必要な時間だったということ。
結果的に交換期間中436名の交換がなされ、その後もまた続いている。
家族、事務局、行政、交換した人々、差し入れしてくれた人々、
数え切れないほど多くの方々に支えられ、道すがら毎日励まされてきた。
人生において忘れてはいけない出会いや言葉があり、
今、これを続けてきてよかったと心底思っている。
そして7年前、上野公園で初めて開催し、その翌年、
「物々交換続けたらいいじゃないですか。」と言ってくれた後輩。
彼は忘れているようだが、今の自分があるのはその一言のおかげに違いない。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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未曾有の台風が来るということで、1日休みにしていたものの
大したこと無くただ雨が降ったり止んだりしただけだった。
久しぶりにオフになったので町を少し歩くことにした。
まだ手にしていない芸術祭のガイドブックを立ち読みしたかったからだ。
この旅では何度も雨に打たれているので少々の雨は無いものと一緒。
傘もささず、本と文具が売っている店をただ目指して歩いた。
エアコンの効いた店内で、パラパラとページをめくる。
それでもなんだか魂はここに無いような変な感じがしている。
ふと思い出して、A4サイズが入る封筒を買う。
向かいの、老夫婦が営んでいる靴屋に入りたくなる。
じいさんの趣味で、今まで旅行した先で採取した数々の石が
商品の靴に混ざって所狭しと陳列されているからだ。
それがまた見たくなったが、ちょうど雨が強くなってきたので帰ることにする。
町の真ん中あたりに異様な雰囲気の「菊水」という蕎麦屋がある。
建築は傾き、お客さんがいるのか不思議ですらある。でも営業している。
去年も気になったがついに入れなかった。
帰り際、少し開いた入り口の奥で店主と思わしき人が座ってギターを弾いていた。
とてもとても悲しいメロディーの曲だった。
30mほど離れても少し聞こえていて、何度も振り返った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




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屋台を引いている時や見向きもされない時に、自分のアーティスト道を考える。
当たり前だが僕は真剣にこれをやっている。
よく交換中に「どうやって食ってるの?」と単刀直入に聞かれるが
ある意味みんながアーティストに向けて思っている素直な疑問なのではと思う。
こういった懐にズバッとくる質問は嫌いじゃないので、
僕も本音で答えることにしている。

大学で卒業制作展なんかがあると、多くの学生は自分の作品の下にメモ帳を置く。
「コメントをどうぞ」という意味だ。
大抵は「来たよー」とか「今度遊びに行こう」といった友人知人からのもので埋まっている。
僕はこれが学生時代から大嫌いだ。
これをやっているうちはアーティストの「ア」の字どころか
一生入り口にも到達できないのではと思っていた。今でもそう。

僕は苦しみながら予算もかけて真剣にアートをやっている。
批判や賞賛、意見交換などもすべて真剣にやりたいと思っている。
袋田の滝入口で異様な雰囲気の古道具屋を経営している薄汚れたおじさんが僕に言った。
「信念を持って続けていれば何も怖くない。」
僕もそう思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



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僕がやっている「物々交換プロジェクト」は、交換すること自体が目的ではなく
コミュニケーションを創出することが一番の目的だ。
なので、交換回数や交換する物の良し悪しに強いこだわりはない。
交換する際に撮影する写真は、交換した証であり、僕と会話を重ねた証でもある。
たまにあるのだが、仲間で調子に乗って交換物を取り返すような交換劇は
なるべくお断りするようにしている。

どこで手に入れた物なのか。
どこに住んでいるのか。
どこの中学校なのか。
どんなお仕事をしているのか。

交換する時に色々質問をし、会話を作っていく。そして次の人に少し教える。
僕と誰かが出会いコミュニケーションを交わした記録を元に、一緒に作品を作っている。
そういった方が分かりやすいのかもしれない。
物々交換プロジェクトは、「余韻のアート」
僕は、人々の「非日常」を作っている。そう考えるようになってきた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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先日、永六輔さんの訃報をニュースで知った。
春頃、ラジオを降板される時に薄々感じたことが本当になってしまった。
小沢昭一さんが亡くなった時にラジオで永さんが語っていた言葉を覚えている。
病が理由で滑舌が悪くなり、ラジオ出演を辞めようと小沢さんに相談したところ、
「あんたはラジオを辞めちゃダメだ。死ぬまで話し続けるんだ。」と。
それを支えに今もやっていますという話だった。
そんな永さんがラジオを降板するのはよっぽどのことだと思っていた矢先の訃報だった。

僕が歌謡曲を聴くようになったのは、浪人生の頃だ。
新聞だったかたまたま聞いたラジオだったか、永さんが言った言葉がきっかけだった。
「最近の歌は歌詞に意味が無いのが多い。意味の無い文字にメロディーが乗っかってもそれは歌じゃないんだ。」
それを聞いて、じゃあ昔の歌を聞いてみようかと親のカセットテープを引っ張り出しては聴き漁った。
僕が大学で講義をする「実測」という授業で、尺貫法の話を少しするのだが
尺貫法からメートル法を使うようになった時に反発した永さんの話をするようにしている。
永六輔って誰?という子がほとんどなのを承知でだ。
最近はNHKラジオで毎朝「こども電話相談室」を聴き流しているが、
学者が答えるのと永さんのような方が答えるのはやはり違う。何もかもが違う。
僕がリアルタイムで知らなかったことも、調べたり聴いたりして後から多くのことを学んだ。
たまたま今、茨城で屋台の屋号にしていた言葉は「阿呆鳥」だが
これは永さんの盟友、野坂昭如の唄の歌詞から取った言葉だ。

例えば男は阿呆鳥
例えば女は忘れ貝

永さんの盟友達も皆亡くなってしまった。
永さんもついに瞼の奥へ行っちまったんだなとしみじみ思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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物々交換5日目。
今なお成長している。というより、考えが研ぎ澄まされていく。
自分なりの方法で突き進んでいます。
5日間で北茨城市81人と交換は上々の出来。
ここはとてもいいところです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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一人で屋台を積み下ろしする機構が完成した。

おそらく99%安全と言えるだろう。

小豆島でそうだったように、全てのことを丁寧に。

背伸びせず できることから 淡々と

明後日、いよいよ茨城へ出陣だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
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自作のピンホールカメラでテスト撮影。

思ったよりも写りが良く驚いた。

このカメラはある展覧会で作品として売ってしまうけれど

あわよくば売れ残って欲しいと内心思っている。

やはり自分の手で作ったものは何にも代え難い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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掃除していたらサイアノタイプ(日光写真)キットが出てきた。

ふと思いつき、子供の手形を撮ってみることにした。

一緒に水で洗うと、手型が浮かび上がるのに驚いたようだ。

しばらく手放さなかったが、気がついたらその辺に落ちていた。

それを拾ってアルバムに収めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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昨年夏、金属疲労でリヤカーの腕が折れてしまった。

一念発起、自分の手でリヤカーを一から作ることにした。

不思議なことに、当時抱えていた深いモヤモヤが、

完成と共にすっかり消えて無くなった。

丁寧に行動すると次の展開が開けてくるようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今夏の物々交換ではフィルム1,000枚分を準備する予定だ。

1台目のフォトラマエースは18歳の時に買ったもので

物々交換で使っているうちにフィルムが廃盤になってしまった。

少し調子が悪い3台目の黒。

頑張って夏を超えておくれ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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残雪の北穂高岳へ登った。

予報は良くなかったが、時間帯を選び好天と巡り会えた。

ただ、やはり山の本当の姿も垣間見る。

色々な意味で勉強や反省があった。

「山をなめてはいけない」何度も自分に言い聞かせる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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昨年引っ越した地域には公園がたくさんある。

初めての凧にはもってこいの環境だ。

30年ぶりくらいになるだろうか。

凧と自分とは細い糸でしか繋がっていないけれど

そこに「在る」という抵抗感がとても楽しい。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2016年の夏から秋にかけて開催される、

「茨城県北芸術祭」にエントリーすることが発表されました。

 (Click!) 

7月から8月にかけての約2か月間、県北6市町を屋台を引いて周ります。

昨年の夏に大子町で物々交換プロジェクトを行いましたが、

さらにパワーアップした展開をしていきたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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極寒の雪山へ。

雪で全てを覆い隠してしまったモノクロの世界に

生がポツンとあるその美しさは何にも代え難い。

どの季節にも行く理由があるから、

これだから山はやめられない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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年末に現像した写真の中に、昨夏タイへ行った時のものがあった。

現地学生のドミトリーに泊めてもらった日の朝焼けだ。

今でも思い出す刺激的な空気。

今年もどこか外国で活動できるよう頑張りたいと思う。

2016年、今年も攻めでいきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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引っ越してから念願の書斎が出来上がった。

棚と机は部屋のサイズに合わせて自作した。

あつらえるというのはとても気持ちがいい。

無いものは作ればいいのだ。

いらないものは捨てていこう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今年度の物々交換が終了した。

春に「今年は積極的に取り組みたい」と宣言して、

チャレンジを繰り返してきた結果、目標の500個を果たすことができた。

知らない人と話すなんて一番嫌なことだったのに、

いつしか自分自身が変わろうとしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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山小屋に来ると毎回訪れる場所。

湖が一望できる、あまり観光客が来ない小山の頂上だ。

自分も含めて毎回皆息を飲み、しばらく時間が止まってしまう。

今年の秋山シーズンもいよいよ終わりに近づいているのが

妙に寂しく感じる秋晴れの午前だった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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約半世紀を迎えた山小屋を使ったゼミ。

今年で終わるとか続くとか、結論はまだ出ない。

ただ、この日に集結した大勢の顔はなんだろうか。

終わるも良し、続くも良し。

一年に一度、こういう日もいいんじゃないのかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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岡山に来ている。

夜、一人街を歩くが好きな感じの店が無い。

鄙びた感じの、名物も無い汚い居酒屋だ。

婆さんもいいが、爺さんがやっていたら尚良い。

一人の時に限って、なかなか出会えない。











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9月12日

約1ヶ月続いた物々交換記録の展示が終了した。

多くの人々と出会い、そして多くの関係者の方々に支えられて

ここまで来られたと改めて感じる。

先にも書いたように数々の取材を受け、

時には英語で考えていることを口に出したことにより、

コンセプトの不確かだった部分がかなりはっきりとした自覚になったと思う。

自分の信念は「自ら人に関わりに行く」こと。

またここに戻って来たいと強く思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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大子町で行われた「丘の上のマルシェ」に参加しました。

ひっきりなしにお客さんが来られ、会話や交換を楽しむ。

気がついたら一度トイレに行ったっきり、

他のお店を楽しむ余裕が全くありませんでした。

おかげさまでたくさんの交換ができて嬉しい限り。

大子での交換を78個とし、無事終了しました。

これらの記録を、9月12日の午後から初原小学校にて展示します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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大子町から東京へ戻ったのも束の間。

今度は展示の準備に追われている。

12日の発表に向け、40枚分のポラを引き延ばす。

全ての交換に思い出が詰まっているので選ぶのも一苦労だ。

交換するだけでなく、振り返るところまで丁寧にやりたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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常陸大子駅前を離れて、袋田の滝へ。

約10年前の記憶を上書き保存するように訪れる。

そして今日は素晴らしい出会いもたくさんあった。

宿では全く共通語の無いスペイン人らと飲む。

歌って飲んで楽しい夜だ。グラシアス。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日は昼からFMだいごに出演させてもらった。

物々交換を一時中断し、放送局に出張する形にした。

考えていることを言葉にするのはいいことだなと改めて思う。

誰かの言葉だったが、伝わらないのはやらなかったのと同じだと。

確かにそうなのかもしれない。

自分の話だけを聞いてくれる、そんな環境は実は滅多にない。

自分の好きなラジオという媒体で、

好きなように話をさせてもらえたのはとても嬉しい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日から常陸大子駅前商店街での交換が始まった。

まずは文化福祉会館まいんの前に屋台を置く。

次は屋台を引きながら街中を歩き回る。

交換も順調に進み、気がついたらあっという間に10個を超えていた。

タイで49個。大子で始めてから43個。

目指す合計100個はもうすぐだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日で初原地区の交換は終了。

目標としていた30個に届いてひとまず安堵した。

29個目の交換をしたおばあちゃん。

お茶を頂き、色々とお話をさせてもらった。

こういう時間がとても大事で、

まさにこのために物々交換をしているのだと実感する。

物々交換はコミュニケーションを図るための遠回りのツールで、

他にもっと楽な手段は世の中にいくらでもあるはずだ。

しかし、早く簡単に多くの人と繋がることよりも、

不器用で遅くても、長く繋がり続けることの方が大事ではないかと考える。

3日で30人としか交流できなかったとしても、

何年も続け、通い、一つの緩いルールの元に地道に一本の鎖を作っていければ

いつかは愚公も山を動かすのかもしれない。

そんなプロジェクトになればいいと思っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日は生憎の雨なので、屋台はお休みです。

手持ちの売り子方式で家々を回りました。

屋台では行けない道も通れるので、まんざら悪くもない。

10個程の交換を経て、最後は傘になりました。

ここ一週間は天気が優れないようなのでオススメです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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タイから戻ったのも束の間。

茨城県北部、大子町での物々交換が始まりました。

スタッフの山田君と進藤君と共に旧初原小学校にて記念撮影。

8月25日から9月3日まで、

初原地区、常陸大子駅近辺、大子町全域にて物々交換を行います。

結果を乞うご期待!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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サポートをしてくれる現地スタッフとの約束の時間に行ったが、

いっこうに現れないので自分で動き出すことにした。

言語なんて通じなくてもこのプロジェクトは通用するのではないか。

そう思うと気持ちが奮い立った。

むしろ旅は恥のかき捨てなわけで、どこでなんと言われようが気にしない。

変なやつが日本から来た。それで十分なのだ。

適当な場所に店開きをし、人々が通るのを待つ。

人は来ないけれども野良犬が2匹近寄ってきた。

この街にはそこらじゅうに野良犬やニワトリがいる。

ガイドブックには「野良犬に注意」と書いてあったが、

注意のしようがないほどたくさんいるので仲良くなる方を選ぶ。

近寄ってきて、猫がするように体をこすりつけてから脇と後ろにそれぞれ寝転んだ。

なんとなく、こいつらにここにいることを認められた気がした。

あと2日。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






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今日から物々交換を開始。

学生3人に手伝ってもらいながらまずはキャンパス内で。

英語で会話することにも少しずつ慣れてきたのか、

コミュニケーションが成立することが気持ちいい。

あと2日、どこまで成長できるか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今日はシラパコーン大学の工房を訪ねた。

明日から物々交換をするために、屋台のような物を作るためだ。

さすがにタイヤはやめ、簡単に移動できるテーブルを作ることにした。

色々と考えさせられる。

文化も環境も言語も生活も、そして自分自身のことも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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バンコクから約60km離れたナコーンパトムへ来た。

市場や屋台が多く、人々でごった返している。

今日はリサーチのため5時間程町を歩き回った。

屋台やバラック小屋に目を惹かれる。

機能に裏付けされた形体が、生きる強さを示していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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古いカメラをもらうことがたまにある。

ボロボロなものを掃除して使ってみるのが面白くて、

断らずにいたらたくさん集まってしまった。

レンズは目で、フィルムは脳。

かつての誰かの目は何を見つめていたのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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物々交換 at room103(国立)が無事に終了しました。
 
今回は3日で合計31名との交換になりました。
 
また、初めて「展示」という形と一緒にやらせて頂きましたが、
 
自分としても少し振り返ることができて嬉しいです。
 
というより、すごく勉強になりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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毎回恒例の照明の文字は「異邦人」
 
確かにこの町にとっての自分は異邦人でした。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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今までの交換の中から特に思い出に残っているものをピックアップし、

コメントと共に展示しています。

壁には今までの全交換の遍歴。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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CAFEを展開してくれた「人々」

愛知県知多半田から駆けつけてくれました。

どれも絶品のメニューでこの3日だけではもったいないくらいでした。

感謝!



次はおそらく8月〜9月にかけて北茨城で物々交換を行うことになりそうです。

こうして物々交換の旅は続いて行きます。

国立の皆様、LET'EM INの皆様もありがとうございました!