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先日、永六輔さんの訃報をニュースで知った。
春頃、ラジオを降板される時に薄々感じたことが本当になってしまった。
小沢昭一さんが亡くなった時にラジオで永さんが語っていた言葉を覚えている。
病が理由で滑舌が悪くなり、ラジオ出演を辞めようと小沢さんに相談したところ、
「あんたはラジオを辞めちゃダメだ。死ぬまで話し続けるんだ。」と。
それを支えに今もやっていますという話だった。
そんな永さんがラジオを降板するのはよっぽどのことだと思っていた矢先の訃報だった。

僕が歌謡曲を聴くようになったのは、浪人生の頃だ。
新聞だったかたまたま聞いたラジオだったか、永さんが言った言葉がきっかけだった。
「最近の歌は歌詞に意味が無いのが多い。意味の無い文字にメロディーが乗っかってもそれは歌じゃないんだ。」
それを聞いて、じゃあ昔の歌を聞いてみようかと親のカセットテープを引っ張り出しては聴き漁った。
僕が大学で講義をする「実測」という授業で、尺貫法の話を少しするのだが
尺貫法からメートル法を使うようになった時に反発した永さんの話をするようにしている。
永六輔って誰?という子がほとんどなのを承知でだ。
最近はNHKラジオで毎朝「こども電話相談室」を聴き流しているが、
学者が答えるのと永さんのような方が答えるのはやはり違う。何もかもが違う。
僕がリアルタイムで知らなかったことも、調べたり聴いたりして後から多くのことを学んだ。
たまたま今、茨城で屋台の屋号にしていた言葉は「阿呆鳥」だが
これは永さんの盟友、野坂昭如の唄の歌詞から取った言葉だ。

例えば男は阿呆鳥
例えば女は忘れ貝

永さんの盟友達も皆亡くなってしまった。
永さんもついに瞼の奥へ行っちまったんだなとしみじみ思う。